猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

北山茂夫『平将門』(講談社学術文庫、isbn:4061597337)

 飛鳥時代から平安時代の前半期までの時期について多くの著書のある北山茂夫さんによる平将門伝である。1975年発表の本の文庫化だ。
 書かれた時代が時代だけに、著者の歴史観には民衆史観の一面がうかがえる。しかし、べつに反逆者の将門を民衆の味方とみているわけでもなく、平将門が反乱を起こした10世紀の関東の民衆と、中央貴族と、そのあいだに立つ種々の在地勢力との関係をていねいに描いている。
 この時代は中央で藤原氏(の北家の一部)の勢力が確立していく時代だった。同時に、天皇の一族でも藤原氏の一族でも、また古代からの名族の一員でも、中央では目立った役職に就けなくなる時代だった。そういう貴族が、国司に任命されて赴任し、そのまま都に帰らずに居着いてしまったりして地方に勢力を拡大する。また、そういう地方在住の下級貴族の子孫に、古代からの地元豪族(「郡司」層など)も加わって、地方の有力者層が形成されてくる。これが下級の国司(じょう)」などに登用されて、古代の(地方行政単位としての)「国」の機構に足がかりを築く。そういう地方豪族が、中央政府に反抗したり、中央政府の手先になったり、中央政府も地方豪族を処罰したと思ったら反乱鎮圧のために取り立ててみたり、そのときの情勢とたぶん運とで大きく揺れ動いていた。その時代に起こった反乱がこの平将門の反乱だというのがこの本の位置づけである。
 この本によれば、平将門の反乱は時代を大きく変えた反乱ではない。むしろ、将門のほうが時代の制約に翻弄されて時代の幕開け者になれなかったというように描いている。将門には従者もいたし、「伴類」という協力者もいたけれども、それは後の「武士団」のように組織されていなかった。将門がこの連中の期待に十分に応えず、また戦況が不利になったりしたらさっさと姿を消してしまうような連中である。
 また、将門には反乱を起こす意図は最初のうちはなく、反乱を起こして「新皇」を名のっても、行ったことは京都朝廷が任命した国司を追放して自分の側近なんかを国司に任命しなおしたぐらいで、京都の「本皇」の権威も認めていて、中途半端なところの多い反乱であった。将門は、期待されていたはずの政治の抜本的改革も行わず、自分を頼って来た貴族・豪族連中を優遇するだけで、けっきょく「伴類」に見放されてしまったという。むしろ、事態に驚愕しつつも、その事態に対応するだけの軍事力が不足し、敏速な対応がぜんぜんとれなかった京都の朝廷が、将門の反乱を実際以上の大反乱として捉えてしまったという感じさえ受ける。
 この本で印象的なのは当時の関東の荒っぽさである。戦いに負けた側の周辺は放火・掠奪にさらされる。後に清和源氏の拠点となってからの関東は、まさに骨肉どうしが血で血を洗うような激しい抗争の場になった。このような気風はこの時代からあったのだろうか。
 また、私はこの本を読んで中央貴族と地方豪族の距離の近さを感じた。中央貴族も中央で出世できないと地方に行く。そこで武装集団の長になったりする。その子孫が京都に行って朝廷に仕えたりする。こうやってみると、中央貴族の連中も、地方に行けば血の気の多い連中の統率者になれるだけの荒っぽさは、少なくとも潜在的には持っていたのだろう。「文弱な平安貴族‐地方の質実剛健な武士」ときっぱりと分けられるものでもないように私は思う。もっともこの点は著者の見解とは違っているかも知れないとは思う。
 私が最初に理解して見た大河ドラマが、平将門藤原純友の反乱を題材にした『風と雲と虹と』で、けっこう印象に残っている。このドラマの将門と純友が共謀して反乱を起こしたという設定は、古い時代からある伝説らしいが、事実ではなさそうである。また、このドラマでは、将門と純友は最初から京都の貴族社会の腐敗ぶりに反感を抱いているように描かれていたが、少なくとも将門については朝廷貴族全般に反感を持っていたということはなさそうだ。
 ところで、この本では、というか、将門の反乱では、常陸の国が一つの焦点になる。私は、この本を、まさに常陸の国=茨城県で読んでいた。日立電鉄廃線跡を訪ねて行き、東京への帰りには日立につづいて廃止話も出ているらしい鹿島鉄道に乗ったのだ。鹿島鉄道の鉾田駅は、立ち食い蕎麦はあるし、駅の感じといい、なんか「哭きの犬丸」が出現しそうな場所で、頭のなかで川井憲次さんの音楽(ただし『御先祖様万々歳!』のほう)が流れていたのだが……そんなことはどうでもいいとして、日立・大甕あたりから上野に帰ってくる常磐線沿線の風景を見ながら、こんな地形のところを平将門やその敵対勢力が駆けめぐったのだな、そのころは薮と湿地と荒れ地だらけだったのだろうか、などと考えていると、また格別の感慨があった。
 この時代の中央と地方の関係はもう少し考えてみたいところだ(id:r_kiyose:20060818にも書いた)。とか書いていたらアニメの時間になってしまった。