外国語習得で悩ましい問題
……はいろいろあるけれど、日本語が母語の人たちにとってとくに煩わしい問題……もいろいろあるけれど、その一つが「lとrの区別」だと思います。
私は、中学校で英語を習い始めて概算30年で、英語でのlとrの聞き分けはいまだにできません――自慢じゃないけど、って自慢にはとてもならないけど。「r」のほうが重くて暗いとか言うのだけど、人によって差があるし、ゆっくり発音して貰えればまだしも、一瞬の発音で「重くて暗い」か「明るくて軽い」か区別するのはたいへんです。発音のほうも、単語ごとに意識すれば発音を区別することはできるのですが、会話の途中で発音をいちいち気にしていられないようなところで出てきたら、まずめちゃくちゃになってしまう。
私は、高校のときに発音に厳しい先生に習ったので、口を広めに開ける「オー」とすぼめて発音する「オウ」の区別とかまで気にはするのだけれど、実際の発音では、「オー」と「オウ」どころか、rとlも混同するし、あと、最近になってようやく気づいたのが、「s」と「th」の区別ができていないということでした。まあ this とか the とかは「舌を軽く咬んで」という発音をするのだけど、thousand と言おうとするとときどき s と th が逆転して southand になっていたりする。結局、自分では英語綴りで覚えているつもりでも、頭のなかには「ライト(right/light)」とか「サウザンド」とか書きこまれているのでしょう。で、いったん参照してから、「このラ行はlかrか?」とか「このサは s か th か」とかいう判別のルーチンを通す。会話などでそれを通している暇がないとめちゃくちゃな発音で出てしまう――という仕組みなのではないかと思うわけです。
まあ、ロンドンに行ったときに rondon とか発音しても通じたからいいじゃないか、とか思ってますけど。
で、白水社から『〜語のしくみ』というシリーズが出ています。私のように、べつに外国語をきわめたいわけではなくて、好奇心でいろいろなことばの仕組みを知りたいという者には、ありがたい、便利なシリーズです。
いくつか読んでみて知ったのが、多くのことばに「lとr」の区別があるらしいということです。エスペラントにもある。
最初からそんな区別のない言語で育った者としては、なんでそんな区別があるんだろう――とか思ったりします。
ところが、いくつかのことばの発音を斜め読みしてみて気づいたのは、どの言語でも「l」のほうの発音はだいたい同じだけど、「r」はことばによってずいぶん違うということです。ただ舌を巻くだけ、舌を巻いて舌先で「z」に近い摩擦音を入れる、舌先を上につけて震わせる、舌を反り返らせて喉のこすれる音を入れる……といろいろある。ポルトガル語のように「ルに近いr」と「ホに近いr」という「r」系の異なる発音が共存している(らしい)ことばもあります。
ラテン語など、「s」が母音に挟まれると「r」に変化する(ことがある)という規則があって、「なんで?」と思っていたのだけど、どうやらsが母音に引かれて濁ってzに変化し、zが「zに近いr」(摩擦音つきのr)に変化して、それで巻き舌のrになったらしい。
ラテン語ではlとrは「流音」という同じグループに分類します(「流音」の定義もことばによって違うらしい)。「ヤ行」や「ワ行」の最初の音(「半母音」)ほど母音に近くはないけれど、破裂音(pとかtとかkとか)の次に来ると半母音に近い性質を持つという音です(具体的に言うと、子音が続くと普通はその間で音節が切れるのに、破裂音と流音が続くと流音の前で音節が切れなくなる)。だからlとrが似た音だという認識はあるわけです。
そのラテン語流にいう「流音」として、舌先が前のほうに出て上の歯の後ろにくっつく音と、そうでない音が、多くの言語では分かれて発達した。ところが、日本語では、ちょうどそのまん中あたりの音が「流音」として発達したために、「流音」がラ行音の一種類しか発達しなかった。まあ、そんなところなのかな、と思います。