猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

福井憲彦(編)『フランス史(新版世界各国史12)』山川出版社、isbn:4634414201

 調べなければならないことがあってこの本を読み、けっきょく、当面必要のないところまで含めて通読してしまいました。やっぱりフランス史っておもしろいなと思います。
 フランスというと「アナール派」(「アナル派」)の本場らしい。もっとも私は「アナール派」というのが正確に何を指すのかは知りません。私が何となく知っていたのは、「心性」とか「祝祭」とかいうものを主な考察対象にする「ポストモダン」っぽい歴史学の学派らしいということでした。翻訳書を見てもフランス語のカタカナ表記した術語がいっぱいでよくわからない。戦争とか派手な政治的事件とかの歴史の話が好きな私はなんとなく敬遠していました。
 たしかに、この本からも、私の感じていた「アナール派」っぽさが感じられます。
 人びとがどんなところに住んでいたか、人びとの想像はどんな範囲に及んでいたか、情報がどう伝達されたか、電灯もガス灯もない時代、「夜」はどう感じられたか――という話があちらこちらに出てくる。一方で、たとえば、フランク王国軍が、イベリア半島から進入してきたイスラーム軍を撃破したトゥール・ポワティエの戦い(732年)については、たった一か所、それも、当時はまだ王の臣下(宮宰)だったカール・マルテル(息子の小ピピンがフランク王に即位、孫のカール大帝が皇帝になる)によるフランクの拡張政策を語るついでに出てくるだけです。私は、高校の世界史で、この戦いについて、破竹の勢いで進撃してきたイスラーム軍をここで撃破したことが後の「ヨーロッパ」のまとまりが作り出したと習ったのに、です。
 この戦いについて高校で習ったときには、すでに「フランク王国」という国があって、それにイスラームが外から入りこんできたというように理解していました。けれども、この本によると、フランク王国もまたカール・マルテルの下で拡張の途上で、拡張するイスラームと拡張するフランクがぶつかったというほうが事実に近いらしい。
 それは私にとっては新鮮なことだったけれど、高校の教科書に書いてあるような基礎知識がないとちょっとわかりにくいかな、とも感じました。
 ところでその「アナール派」らしい記述は私は今回はむしろ興味深く読みました。電灯がないと「夜」というと、私などは「星がいっぱい見えていいな。天の川も見えたんだろうな。もう天の川なんて10年以上見てないものな」という程度にしか考えていなかったのだけれど、屋外の人工の明かりがほとんどなかった「夜」はほんとうに「異世界」だったんだということを感じました。
 また、職人が道を自分の足で歩きながら遍歴していたのが、鉄道で遍歴するようになって、職人層が衰退したという話も出てきます。かつて、職人は、歩いて遍歴することで、人の世話になり、道のまわりのさまざまなものを見て職人として成長していた。ところが、鉄道ができて、列車に乗って遍歴するようになると、点から点への移動になってしまい、道を歩きながら学んでいたことをぜんぶすっ飛ばしてしまう。その結果、職人の力と能力が落ち、また、機械化が進んで「熟練した職人技」の出番が減って、職人層が衰退したということです。現在では、列車というのは、新幹線などを除いて「ゆっくりした移動手段」と感じるわけです。しかも、当時は蒸気機関車牽引の客車列車という、「鉄」にはうらやましい移動手段だっただろうに。でも、当時の人びとにとっては「超高速の移動手段」だったんだな。そういう落差に気づいて、とてもおもしろく読みました。