猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

「見えない宇宙の彼方を探る」

 シンポジウム「現代天文学の最前線」(2009年12月20日東京大学小柴ホール)の第二報告は須藤靖さんによる「見えない宇宙の彼方を探る――ダークマターダークエネルギー」でした。須藤さんは、ガンダムの後ろ姿がお好きということで、報告のプレゼン画面に登場していました(作画? ガンプラを撮影した?)。須藤さんはガンダムのストーリーには関心がおありのようではなかったですが、ともかく学会報告のプレゼンでガンダムが見られるとは思わなかった。
 「ダークマター」とは、私たちの宇宙にいっぱいあるのに、私たちが知っている物質とは重力以外ではほとんど相互作用をしないので、私たちにはその存在がわからない物質のことです。
 重力は弱い力です。
 月とか惑星とかは重力の作用で動きが決まっていて、とても遠くまで作用が届くので、重力は強い力のように思えますが、それは作用しているものが巨大だからであって、重力自体は強い力ではありません。重力は引っぱりあう作用だけしかなく、反発しあう力がないので、ものがたくさん集まったときには「塵も積もれば山となる」式に大きな影響を持つのです。しかし人間一人とかリンゴ一個とかという小さいサイズのものにはあまり大きな影響を与えません。ニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したといいますけれど、それはリンゴと地球の相互作用で、片方が地球のように巨大なものだったから重力の「万有引力」の作用が見つかったわけです。リンゴどうしでは重力の万有引力はほとんど観測できないでしょう。それはそうで、リンゴどうしに働く重力が大きければ、収穫して籠に入れたリンゴが重力でくっついてしまって引き離すのがひと苦労になります。一方で、リンゴほどの大きさや重さの塊が電気を帯びていれば、その塊どうしの電気的相互作用は観測できるはずです。電気力(電磁相互作用)に較べて重力はとても弱い力なのです。まして、原子とか分子とか、さらに小さい素粒子とかで重力の働きを観測するのはとても難しい。もちろん重力は「万有引力」なのでそういう小さい素粒子にも及んでいるのですが、働きが小さいので観測できないのです。
 で、銀河の回転のようすを探ることで、銀河は光っている星や星雲だけでできているのではなく、目には見えない大量の物質が含まれているのではないかということがわかってきました。
 「回転のようす」でどうして物質の量がわかるかというと、重いかたまりは速い回転をする(速い回転をしても物質が散ってしまわない)けれども、軽い塊は早い回転ができない(速く回すと遠心力で物質が散ってしまう)という性質を利用して測定するからです。でも、銀河の回転ってどうやって観測するのか? 銀河が実際に回っているところが見えるのかというと、それが見えるのは銀河系中心の近くの星ぐらいです。普通は回っているところそのものは見えない。ではどうやるかというと、「近づいてくる車の音は高く聞こえる(音の波長は短くなり周波数が上がる)、遠ざかる車の音は低く聞こえる(音の波長は長くなり周波数が下がる)」というドップラー効果を使う。近づいてくるものの光は波長が短くなり(青っぽくなる)、遠ざかるものの光は波長が長くなる(赤っぽくなる)。その性質を利用している……のだそうです。なお、須藤さんの次の田村さんの報告では、現在では人が歩く速さぐらいの速さの移動でも光のドップラー効果で測定できるようになっているのだそうです。なお、昔読んだ話では、信号無視でつかまった物理学者が「すごいスピードで交差点に進入したので赤信号がドップラー効果で青に見えたんじゃい!」と言い逃れしようとしたとか(ほんとかどうか知りません。ともかく日本の話ではない)。そんな速度出したら信号無視の前にスピード違反でしょうが――というより自動車では出せないと思うけど。
 で、銀河に含まれているその「目には見えない大量の物質」が「ダークマター」です。これを「暗黒物質」と訳すると、光をまったく通さないまっ黒な物質を想像してしまうけど、逆で、光で見てもエックス線で見ても電波で見ても透明なので絶対に目に見えない物質なのですね。だから、「暗黒物質」というより「透明物質」、それも、存在はしているのに何を使っても見えない「絶対透明物質」なのです。もちろん、目に見えないだけではなく、音も聞こえないし、においもないし、味もしない。「どうやっても感じることのできない物質」、「わけのわからない物質」なのです。
 一方で、「ダークエネルギー」というのは、宇宙を膨張させ続けている、何かわけのわからないエネルギーです。重力には引力しかない。しかも、目に見える物質のほかにダークマターがあって、それにも重力は及びます。宇宙のなかにある物質は、目に見えるものも、どうやっても目に見えないものも、互いに引っぱり合っています。それなのに宇宙は膨張している。それは、最初にビッグバンという大爆発があって、その大爆発の惰性が働くので、それが重力の影響に打ち勝っていまも宇宙は膨張しているのだと言われてきました。でも、それだったら、最初の爆発は一度きりのできごとなのに、重力の影響はずっと働いているので、膨張の勢いは重力でブレーキをかけられ、弱まっているはずです。ところが、過去のある時点から、その膨張は再び勢いを増していることがこの1990年代以後の研究でわかってきました。宇宙を膨張させるにはエネルギーが必要です。そのエネルギーを「ダークエネルギー」と呼ぶわけです。これも「暗黒のエネルギー」とかではなく「どうやっても感じることのできないエネルギー」、「わけのわからないエネルギー」です。
 須藤さんは、ブッシュ(子)政権時代のラムズフェルド国防長官がイラク攻撃を正当化するために使った、世のなかには「知られている知られているもの、知られてはいるが知られていないもの、知られていない知られていないもの」の三種類があるという論理を使って、「目に見える物質/ダークマターダークエネルギー」を説明しました。「知られている知られているもの」は、何があるということまではっきりわかっているもので、普通に目に見える(目には見えなくてもエックス線や電波などでその存在がわかる)物質を指します。原子とか分子とかを構成する物質です。それに対して、「知られている知られていないもの」は、「そういうものがあるとはわかっているが、それが何か具体的にはわからないもの」なのだそうで、それがダークマターなのだそうです。そして、「知られていない知られていないもの」というのは、「どんなものかもはっきりしないし、もちろん具体的にもわからないもの」で、それがダークエネルギーだということです。ラムズフェルド演説のばあい、「知られていない、知られていないもの」というのがイラク核兵器とかだったのでしょうけど。でも、「知られていない知られていないもの」は、戦争して相手の政権を倒して探しても見つかりませんでした、みたいなことになったりするので……だいじょうぶでしょうね、ダークエネルギー……。
 つまり、ダークマターの正体はそろそろ見当がつきかけているけれども、ダークエネルギーの正体はまったくわからないということのようです。
 では、ダークマターの正体は何かというと、「超対称性」などという仕組みを想定したときに考えられる粒子が有力候補のようです。「超対称性」の「対称性」というのは、この世のなかはある「あり方」で安定しているわけですが、その「あり方」には「偏った」ところがいろいろとある。その「偏り」を説明するために、私たちは気づかないけれども、その「偏り」のバランスをとっているものがこの世のなかにはじつは存在するんだよ、という説明のしかたです。
 たとえば、私たちの暮らす世界では、原子核はプラスの電気を帯び、電子はマイナスの電気を帯びて物質が安定している。でもどうしてそうなのか? マイナスの電気を帯びた原子核とプラスの電気を帯びた電子があってもいいじゃないかと考えてみる。そういう考えかたが「対称性」の考えかたです。そして、いまの説明のばあいだと、実際に、プラスの電気を帯びた陽電子や、マイナスの電気を帯びた反陽子、つまり「マイナスの電気を帯びた水素の原子核」が存在するということが検証されて、「対称性」の説明は成功したわけです。もっとも、成功したならしたで、「では、どうしてこの世界はプラスの電気の原子核やマイナスの電気の電子ばっかりで、反陽子陽電子はわずかしか存在しないのか」という説明を次に考えなければならなくなりますけれど。
 で、そういう「対称性の崩れ」、つまり「この世の偏りぐあい」をいろんなところに見つけると、その「偏り」を補うためのいろんな「その偏りを打ち消す状態」が考えられてくる。
 たとえば、私たちの世界では、電気力(電磁相互作用)と、原子核の崩壊を起こす力(詳しくいうとベータ崩壊やベータ・プラス崩壊を起こす力)とは別の力です。電気力は光子(「みつこ」さんではありません。「てるこ」さんでもありません)という粒子が伝え、光子には重さ(質量)がまったくない。一方で、原子核崩壊を起こす力(原子核を一つに結びつける力よりも弱いので「弱い相互作用」といいます)は、W粒子(「弱」の weak の頭文字)という粒子が伝え、このW粒子は粒子としては重い(質量が大きい)。しかし、電気力と原子核を崩壊させる力はもともとは同じ力だったのではないか――ということが考えられました。W粒子ももともとは重さ(質量)がなかったのに、宇宙空間の状態が変わった(「空間の相転移」の)ために重さを持つようになってしまった。でも、どうしたら、光子には重さが生まれず、W粒子には重さが生まれるのか。不公平ではないか。何か「偏っている」のではないか。この「偏り」を説明するために、じつは私たちが観測したことのないX粒子とY粒子という粒子があるのではないかと想定されました。光子とW粒子の二つだけだとなんかバランスが悪いように見えるけれど、X粒子とY粒子を加えた四つだとバランスが取れているんだという説明です。そして、私たちにはとても観測しにくいとされるこのX粒子やY粒子はダークマターの有力候補だということです。


 【12月28日追記】 XとYは、W粒子(プラスとマイナスの二種類)とZ粒子に質量を生む、電気力=電磁相互作用と弱い相互作用との統一理論で想定される粒子ではありませんでしたね。もう一段上の、「原子核を一つにまとめている力」=強い相互作用と、「電磁相互作用‐弱い相互作用」との統一理論である「大統一理論」で想定される粒子でした。すみませんでした。(追記終わり)


 さらに、その「電気力と原子核崩壊を起こす力」も、もとは「原子核を一つにまとめている力」(色力、または「強い相互作用」といいます。「色力」ならまだいいのだけど、「色の力」とか書いてある本もあって、それだと何かへんな感じ……)がもとはいっしょだったのではないかという考えが出てきました。なんでも、カミオカンデとかスーパーカミオカンデとかの巨大な水タンクを作って、大量の水が微小な特殊な光を発するのを見張るのは、最初はこの「電気力と原子核崩壊を起こす力と原子核を一つにまとめている力が本来は一つであった」という理論を検証するためだったのだそうです。超新星爆発の観測で有名になりましたが……。ともかく、そうやって、私たちの世界が持っている「偏り」をいろいろと見つけ出して、その「偏り」とバランスをとる存在がじつはあるのではないか、そしてそれは私たちにはとても検出しにくい存在なのではないかと考える。そういう理論の一つが「超対称性」理論です。「超対称性」理論も、私たちの世界の持っている「偏り」を説明するために、じつは私たちの世界にはまだ知られていない粒子が存在していることを予想します。それは私たちの世界の粒子とほとんど相互作用しないのでその存在はとてもわかりにくい。しかし、そういう粒子でも重さ(質量)は持っているので(光子のように重さのないものもあるでしょうけれど)、全体としてまとまるとかなりの重さがある(そういう「とても目立たない粒子たち」のことを「弱くしか相互作用しない質量を持つ粒子たち」= Weakly Interacting Massive Particles =WIMP=「弱虫」というんだそうです。「弱虫」でも集まるとすごい重さを持つということで。でも、「Window, Icon, Menu, Pointing device で WIMP」はともかく、「Windows Server、IISMySQLPHP で WIMP」って何?)。そういうものがダークマターになっている。まだ検証されてはいないけれど、たぶんそういうことらしいというくらいまでは言えるようになっている。
 ところが「ダークエネルギー」のほうはまったくわかっていないといいます。それは空間自体が持つエネルギーらしく、したがって、宇宙が膨張して空間が増えると、それだけ増えていく。つまり、宇宙膨張につれて「ダークエネルギー」は増え続ける。そして、それはさらに宇宙膨張を促進する。物質は「質量保存の法則」とか「エネルギー保存の法則」とかがあって増えない。ところが「ダークエネルギー」だけはどんどん湧いてくる。だからこれから物質が宇宙で占める割合はどんどん減っていくようです。
 そうやって、私たちが何かを「知る」ということは、自分が知っていることはごくわずかだということを思い知るということでもある。それが「学問」なのだというのが須藤さんのメッセージでした。
 ところで、須藤さんのお話の最初のほうで、古代地中海の人たちは人間のいる世界を構成している元素と天上の元素はまったく違うと考えたのに対して、古代中国の人たちは人間の世界も天上の世界も同じ元素で構成されていると考えたという話が出てきました。古代地中海では、地上世界は火・土・風・水で構成されていると考え、天上は「澄んだ空気」=「エーテル」で構成されていると考えたのに対して、古代中国では、地上も天上も木火土金水の五元素で構成されていると考えたということです。
 しかし、西洋占星術では、黄道十二宮を火・土・風・水の四元素に割り振ります(牡羊:火、牡牛:土、双子:風、蟹:水、獅子:火……)から、西洋では天上はまったく違う元素でできていると考えていたと言い切ることもできません。一方で、たしかに五行説だけ見ると、古代中国ではたしかに天上も地上も同じ元素で構成されていると見ていたと言えますが、「理‐気」という区別を導入すると、天上は「理」が支配するのに対して地上は「気」が支配すると見るなど、天上と地上ではいろいろと違いがあると見ていた面もあります。だからあまり一概には言えないのではないかとも思います。もっとも、そういうことを言い出せば、何だって「一概」には言えないことになってしまいますけど。