猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

アルバムをめぐって

 まず、恒例(と言っても2回めだけど)の「レコーディング中、CD発売、ライブを○○にたとえたら」というご質問が、今回は「サーカスの出し物にたとえたら」で、それへのお答え:


 春菜 レコーディング中は綱渡りしかないと思いますよ。もしくは、もぉのすごくぎりぎりの空中ブランコ。かすっ、みたいな。かすっ、ってなったけど、ぎりぎり引っかかった! みたいな感じですね。
 CD発売は、でも、そういう意味では開幕なのかなと思います。裏でずっとこうサーカスとかも練習するじゃないですか。で、その練習を経て、ようやくみなさんの前でご披露できるということでは、CDの発売が、開幕、プロローグになるのかな、というとこですね。
 ライブの……サーカスのいちばん花ってなんだろう? えーと、じゃあ、ライオンが火の輪くぐるところ。「ちょっとできるところ見せてやるぜ」みたいな。
 DP たしかに猛獣使いだ。
 そういうことを言うから突っこまれるんですよ。>Dr. Purple 様
 歌手の人とは違う「役者」としての歌の表現については:

 春菜 役者としてマイクの前に立つという仕事をしているわけですけれども、わりとこう距離感というものが、非常に重要だと思うんですね。だから、たとえば、えー、自分の目の前にいる人に話しかけているのか、もっとたくさんの人、もしくはどこにいるかわからない相手に向かって叫んでるのか、っていうだけでもぜんぜん違ってくると思うんですよ。たとえばその、歌詞の中、「ねえ」ってことばがあったとして、それを目の前の人に言うんだったら〔やわらかく、親しそうに〕「ねぇ」だけど、どこにいるかわからない、でもどうしても伝えたいだれか、だったら、もっと違う言いかたになりますよね。そういうところとか、一つひとつの歌とか、ことばに、対象だったり、どう伝えたいのか、だれに伝えたいのかっていうのを、どっかで想定しながらやってるんじゃないかと思います。そういうのが、アプローチのしかたとしては、歌手の人が歌うのとはまたちょっと違う取り組み方なのかなと思ったりして。で、歌として考えたときにすごく詰まっちゃう、ここうまく行かない、どうやっても流れていかないっていうところが、役者として考えて、セリフだと思ってしゃべったときに、するって、なんかクリアできたりするんですよね。だから、あの、ほんとにまだまだ至らないことだらけではあるんですけど、だんだん、自分の歌というもののかたちが見えてきたような気がしております。
 「ねえ」の使い分けが出てくるのは『Qurtrequarts』収録の「ジェルソミーナとわたし」です。最初は、徹夜で泣きつづけた友だちを傷つけないように、やさしくそっと「ねぇ」と言っていたのが、最後には、やさしく、ではあるけれど、少し励ますような「ねぇ」になっていきます。この歌詞は春菜さん自身の作詞で、泣き疲れた友だちへの紅茶に(たぶん)角砂糖を二つ入れるというような心遣いが、お茶にもこだわる春菜さんらしいところです。オリジナル中国茶ではないですけどね。
 アルバムをどういうときに聴いてほしいか、どういう食べ物・飲み物がいいかについては:

 春菜 わたし、夜想サァカスっていう名のとおり、できれば、夜、のんびりできる時間に聴いていただきたいんですね。で、スピーカーから聴くのもいいんですけど、個人的なお勧めは、イヤフォンで、わりと、たっぷり、こう自分の世界に浸りながら聴いていただきたいと思っています。で、やっぱり飲んでいただくのは紅茶がいいかなと思うんですけど、寝る前に紅茶を飲むと眠れなくなってしまうかも知れないので、ルイボスティーとか、で、甘い香りのが合うかなと思うので、キャラメルとか、あとはハニールイボスとか、そういうノンカフェインの甘い香りの、で、牛乳とかも入れて飲んでいただいたりすると、雰囲気にはぴったり合うかなと思います。で、食べ物は、寝る前にあんまりいっぱい食べると、また、よくないので、ちょっとこう、クッキーとか、マカロンとか、少しこうつまめるくらいのものがお伴にあるとよいんじゃないかと思います。はい。
 まあ、紅茶でも眠れなくならないひとは、一杯の紅茶を、ミルクティーで、ということでしょうね。
 ちなみに、このあとに「野草」発言が続き、さらにそのあとに:

 DP でも、こないだぼくはチーズ鱈に焼酎飲んで聴いてましたけど、それもよかったですよ。ものすごくよかったです。ものすごく逆に浸れましたもの。
という発言があって、さっそくツイッターで紹介されていたようです。
 私自身の質問は、「春菜さんは眠れないときには何を考えますか?」というもので……これは「夜想」ということばを「眠れない夜の想い」と勝手に解釈してしまった結果です。どこにも「眠れない……」ということばはないのに……アルバムの趣旨からは離れた質問でしたね。すみませんでした。でも、すてきなお答えをいただきました。

 春菜 眠れないとき……わたし、じつは、クーちゃんが来てから、眠れないことがなくなったんですね。で、それってたぶん――ま、だいたいここ〔頭の横あたり……だったと思います〕にいるんですけど、今朝はひどくてここ〔顔の上……だったと思います〕にお尻を乗っけられて死ぬかと思ったんですけど――、すぐ近くで、鼓動が聞こえて、寝息が聞こえるって、たぶんいちばんの睡眠薬みたいで、もうほんとにいっしょにすーって寝れるようになっちゃったんですよね。
 クーちゃん(パグ。春菜さんの「愛娘」)すごいですね。ときにはクーちゃんとともに蚊と戦ったり、クーちゃんに愛しさのあまりの爪痕をつけられたり……ということも読ませていただいていますけれど。

 春菜 でも、……以前眠れないときどうしてたかというと、たぶん、本を読みますね。で、なるべくそのお話のなかに入って行けそうな本を読んで、で、パタッと閉じたあと、その本のなかだったら自分はどうするかな、この物語のなかに自分が入ったらどうするかなということを延々考えてるとすてきに眠れます。
 えーと、私は、眠れないときには『Confetti』や『光の花束』や『Quatrequarts』をエンドレスで聴きますよ、もちろん!!
 でも、直前まで読んでいた本の続きとか、それと現実とが混じり合った世界とかに入るというのは、私もあります。まあ、その話はいずれ……。あ、あと、次に出す同人誌のことを考えながら眠ると、なんか夢の中でもその続きを考えていたりとか……ってそんなことは更にどうでもいいですね。
 「『夜想サァカス』にいちばん合う本は?」という、最後の質問には:

 春菜 ついこないだ読んだばっかりので、ああ、この世界観いいなと思ったのが、えぇ、ダイアナ・ウィン・ジョーンズという、『ハウルの動く城』の原作の方なんですけど――そのダイアナ・ウィン・ジョーンズの『銀の糸をたどって』っていう童話があるんですね。あの、物語が――世界が、こう、神話ライン、神話層というものに包まれていて、で、いろんな人が考える、こう、夢の話だったりとか、あと、いろんな宗教が持っている力が、世のなかを、こう、繭のように包みこんでいる、で、こう特定の人たちはそれを見ることができる、そしてその世界に入りこんでいくことができるという、不思議なお話なんですけど。アルバムもやっぱり一つひとつの曲によって世界観が全然違うじゃないですか。で、それを一つにまとめて、一冊のこうアルバムにしているっていう、この考えかたすてきだな、似てるかも知れないなと思って。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『銀の糸をたどって』というのをいっしょに合わせていただくといいかも知れません。
 えーと、この本は、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ銀のらせんをたどれば佐竹美保(イラスト)/市田泉(訳)、徳間書店isbn:9784198629304)ですね。2010年3月刊ですから、この記者会見のときには刊行後一か月も経っていませんでした。原作は2007年、タイトルは The Game だそうです。ちなみに、いまこの本のタイトルで検索すると、この記者会見の記事が上位でいくつもヒットします。
 そういえば、昨年の『光の花束』のライブ(昼の部)では、春菜さんは同じダイアナ・ウィン・ジョーンズの『魔法!魔法!魔法!――ダイアナ・ウィン・ジョーンズ短編集』(佐竹美保(絵)、野口絵美(訳)、徳間書店、2007年、isbn:9784198624675)から「ちびネコ姫トゥーランドット」(原題:'Little Dot'、原作短編集刊行 2004年、書誌情報は やまねこ翻訳クラブのページ http://www.yamaneko.org/bookdb/author/j/dwjones.htm を参照しました)を朗読されてましたね。この物語も、古代の神話から現代までが、小さいネコを中心にいろいろなルートでつながっている物語でした。
 近くの書店や、先日行った書店にはなかったですが、ぜひアルバム発売までに手に入れて、アルバムを聴きながら読むようにしたいと思います。