猫も歩けば...

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朝永振一郎『量子力学的世界像』弘文堂(isbn:4335750013)

 朝永振一郎博士がノーベル物理学賞を取った直後に、昭和16年(1941年)から24年(1949年)にかけて書いた量子力学関連の文章をまとめて出版された本らしい。
 収録された文章は、発表順ではなく、おそらく「わかりやすい順」に並んでいる。最初が核分裂や核の崩壊(壊変)について紹介した「原子核の理論」(昭16)*1、つぎに量子力学の初歩的な考えをわかりやすく述べた「素粒子は粒子であるか」(昭24)、つづいてディラック素粒子理論を擬人化して説明した「光子の裁判」(昭22)、最後に量子力学についてやや本格的に論じた「量子力学的世界像」が置かれている(「繰り込み理論」に関係する話題にも触れられている)。読者は、最初に「原子核の理論」で原子核素粒子について知り、それからその素粒子量子力学的粒子の性質を持つことを次の「素粒子は粒子であるか」で知り、それを「光子の裁判」で確認し、最後に量子力学について専門用語も交えたやや本格的な文章を読むというふうに導かれるわけだ。
 「光子の裁判」では、粒子の行動が検知されているばあいと検知されていないばあいでは粒子のふるまいが違うのを、「臨検があるとわかっているときとそうでないときでは闇屋の行動が違う」というたとえで説明していて、時代の雰囲気が伝わってくる。また、最近のことばだと思っていた(精神的に)「へこむ」という表現がこの文章で使われているので、この表現もけっこう昔から使われていたのだということがわかった。
 書かれた時期が太平洋戦争をはさむ1940年代だから、当然クォーク理論とかは出てこないけれど、たぶんこの本で量子力学の基礎的な考えかたを学んでもそんなに「古い」ということはないと思う。それと、著者自身が「序」に


 この書物も読者にただ漠然とした印象を与えるにすぎないことと思われるが、その点はあまりむつかしく考えずにお読み願いたい。そして、物理学者という人種がどんなに妙な世界を持っているものであるか、ということでも知っていただければまことに幸いである。
と書いている。これを読んでああ朝永博士っていい人だったんだな〜と思った。「科学を一般人にぜひとも理解させたい!」という気負いがないし、文章を読んでも、最後の「量子力学的世界像」がやや専門的なほかは、とくに専門知識をもっていない向けに書かれていて、読みやすい。ファインマンもそうだけど、物理学の人ってわりと非専門家読者を意識して、しかも居丈高にならない文章を書くよね〜。同時代の社会科学系の偉い先生たちの文章とはやっぱり雰囲気違うな〜と思った。

*1:昭和16年、つまり1941年というと、原爆が開発されるより前で、核分裂が発見されてまだまもない時期である。