猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

もう一つの「特別」さ

 こういう物質と較べると、水の持つ「特別な性質」がもう一つ出てきます。それは:
 (4) 液体でいられる温度幅が広く、しかも比較的高い温度でも液体でいられる
ということです。
 私たちは、夏の温まった水道水でもないかぎり普通の水は「冷たい」と感じますから、水が「高い温度まで液体でいられる」とは感じない。冷凍庫や氷室には氷があり、お湯を沸かせば水はすぐに沸騰する。だから、水が液体でいる温度の範囲が広いともなかなか感じません。すぐに凍るし、すぐに沸騰して熱湯になる。私たちにとっては、水は、液体でいられる温度の幅が狭いからこそ便利なのです。
 私たちが日常的に接する液体は「水と油」だということもその感覚を強めているでしょう。「油」は水より高い温度まで液体でいる。よほど熱い温度まで加熱しなければ気体になりません。液体でいる温度の幅も広い。なぜ、「油」が高い温度まで液体でいられるかというと……「科目としての理科」嫌いの私にはよくわからないです。でも、たぶん、水などと較べて格段に分子が大きい(重い)からじゃないでしょうか。
 でも、じつは、水素、炭素、窒素、酸素などでできた他の「軽い物質」と較べると、水が液体でいられる温度は高く、しかも液体でいられる温度幅も広いのです。
 あくまで地球上の普通の気圧で、だけれど、液体でいられる温度の幅は:
 ・メタン マイナス183度からマイナス161度まで 22度
 ・アンモニア マイナス78度からマイナス33度まで 43度
 ・水素 マイナス259度からマイナス252度まで 7度
 ・窒素 マイナス210度からマイナス196度まで 14度
 ・二酸化炭素 地球上の気圧では液体にならない(だからドライアイスが使える)
です。
 それに対して水は液体でいられる幅が100度もある。しかも、水は、メタンやアンモニアよりずっと高い温度まで液体でいられる。深海底とか蒸気機関車のボイラーとか、圧力が高い環境では水はもっと高い温度まで液体のままで存在します。
 メタンの系統では、メタンから一つ「高級」になった(=分子に含まれる炭素の数が増えた)エタンで
 ・エタン マイナス184度からマイナス89度 95度
で、ようやく幅が100度に近づきます。しかし、エタンは、分子の重さが水の1.67倍(ほぼ3分の5)だし(それでいいよなぁ……)、分子の数は炭素2つと水素6つで、水よりかなり複雑な分子です。
 気体になるというのは分子がばらばらになって勝手に飛んで行ってしまうことです。当然、同じエネルギーを持っていれば軽い物質のほうが飛んで行きやすい。温度は分子が運動するエネルギーの量を表していますから、分子の小さい物質・軽い物質は低い温度でも飛んで行きやすい。つまり、あくまで一般的に言って、だけど、分子が軽い物質のほうが気体になりやすいはずです(だから、分子が重い油はなかなか気体にならないんじゃないかと思うわけです)。
 ところが、水は、軽い分子であるわりには、わりと高い温度まで液体でいられる。それはやはり水の分子の「極性」と関係があります。水の分子が互いに電気的に引っぱり合って(正確にいうとあまり正しくないらしいのだが、よくわからない)「水素結合」という結合ができ、分子がなかなか飛んで行ってしまうことができないのです。
 水素結合の説明は:
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E7%B5%90%E5%90%88
 (水が高い温度まで液体でいられることの説明もここに出ています)。
 この条件は、水がいろいろなものを溶かし、なかで混ぜ合わせることでさまざまな物質が生成されるためには重要です。液体でなければ、「溶かして混ぜ合わせる」ということができない。水は、ものをよく溶かし、しかも液体でいられる範囲が広い。また、液体でいられる温度が高いということは、エネルギーが高い状態でも液体でいるということです。化学反応はエネルギーが高い(温度が高い)ほうがよく進みますから、水のなかでは、他の物質の液体の状態と較べて、化学反応が進みやすいということになる。
 ただし、宇宙という条件で見たばあい、「液体でいられる温度が高い」ほうはともかく、「液体でいられる温度の幅が広い」ということの優位さは割り引いて見なければなりません。宇宙では、水が液体で存在できる場所は、恒星から一定距離の幅に限られています。恒星が明るく、しかも、恒星に比較的近くないといけない。しかも近すぎてもいけない。太陽ぐらいの恒星では地球以外にはその幅に収まっている惑星はありません。許容範囲がそれほど広いわけではない。
 では、(1)分子が小さい、(2)極性がある、(3)宇宙のなかで比較的できやすい、(4)液体でいられる温度が高いという四つの条件を備えた物質が水のほかに何かあるかというと、まず「分子が小さくて宇宙のなかで比較的できやすい物質((1)と(3)の条件にあてはまる)」としての水素、メタン、アンモニア二酸化炭素のうちで、分子に極性があるのはアンモニアだけです。しかも、水の極性が、酸素の片側に水素が二つ、その反対側に孤立電子対が二つついていることで、わりとプラスとマイナスがはっきり分かれているのに対して、アンモニアの極性は水素三つと孤立電子対一つです。これだと、水素が「外側」に持っているプラスの電気どうしが反発しあって、水素が平面に近く広がってしまうので、あまり極性が強くなりません。メタンは分子に極性がないので、「さまざまな物質を溶かす」という点では水にはるかに及ばないし、メタンが液体である温度は低いので、水の中ほど活発な化学変化もしません。また、たとえ、メタンの海の底に海底活火山やマグマ活動の活発なところがあったとしても、そこではメタンがすぐに気体になってしまうので、地球の海底の「熱水噴出口」のようにさかんな化学変化は起こらないでしょう。
 そうなると、液体のなかでさまざまな物質が活発に混ざり合ったり化学変化を起こしたりするという条件を満たすのは、やはり水だけということになります。
 それは、「活発な化学変化がなければ生命は生まれない」ということを信じるかぎり、惑星系に水があるということはやはり生命が生まれる必須の条件だということでもあります。つまり、原子惑星系円盤に水が含まれていると、将来、そこにできる惑星系には生命が発生する可能性があり、それが含まれていないと惑星系ができても生命は発生しにくいということになります。
 ……それでようやく最初の話題「すばる望遠鏡が水のある原子惑星系円盤を発見」まで無事に戻って来ることができました。長い時間がかかりました。まあ、書かずに中断していた時間が長いのと、話が「理科嫌い」の話に振れたりしたからだけど。