猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

谷口義明『クェーサーの謎』(講談社ブルーバックス、isbn:4062574586)

 『暗黒宇宙の謎』の著者の前著である。
 「ブラックホール」ということばには、重さ(質量)を持たない光さえ引きずりこんで呑みこんでしまう得体の知れない恐ろしいものという感じがある。しかも、光さえ呑みこんでしまうので、光を放つことはないから、どこに存在するかわからない。
 私は、子どものころ、はじめてこの「ブラックホール」というもののことを知ったとき、道を歩いていていきなりブラックホールに出会って、吸いこまれてしまったらどうしようとまじめに恐れていた。いまとなってはなんか笑えてしまう話だけど、当時はほんとに怖かった。
 いまでは凍結した道で転ぶほうがよほど怖い……。なんか夢がないなぁ。
 ところが、ブラックホールのなかには、暗いどころか、すさまじく明るい光を放つ存在がある。光が放たれてから120億年とか経った彼方でもまだ見ることができるほど明るい。それがこの「クエーサー」という天体である。
 それではなぜブラックホールが光るのか? じつはブラックホール自体はやっぱり光さえ吸いこんでしまうので光らない。ただ、その凄い重力に引っぱられて落ちていくものが周囲にあれば、それはあまりに激しい勢いで落ちていくものだから、その勢いで得たエネルギーを光(電磁波)にして発散してしまう。著者はこれを水力発電にたとえている。水力発電は、水が地球の中心のほうに向かって落ちるときの勢いを、発電機で電気エネルギーに変換している。ブラックホールのばあい、落ちかたがあまりに激しいので、発電機で変換しなくても落ちる勢いで自分で輝き始める。だから、大きいブラックホールのまわりに落ちこむものがたくさんあると、ブラックホールはすごく明るい光を放つことになる。クエーサーは銀河の中心核だから落ちてくるものも多く、だから100億年以上もの時間が経っても闇に紛れてしまわないほどの光を放っているというわけだ。
 といっても、すべての銀河の中心核がそんなにめちゃくちゃに明るく輝いているわけではない。クエーサーがとくべつに明るいのはなぜか? その「謎」を追っていくうちに、私たちは、銀河の合体とか、スターバースト(巨大な星がたくさん生まれてそれが次々に超新星爆発していくこと)とか、初期の宇宙では私たちの宇宙では不可能な巨大な星が生まれ得たとか、そんな話へと連れこんで行かれる。ひとつのテーマを追っていくことで宇宙についてのいろんな話題に出会っていくように仕組まれているという点で、著者の語り口は巧いと思う。
 それと、もう一つの「謎」は、そんな巨大(=超大質量)ブラックホールがどこへ行ってしまったかということだ。いま、観測してわかるのは、70億年ほど前にクエーサーは「絶滅」してしまったらしいということである。それより新しい宇宙の領域にクエーサーは見つかっていない。しかし、巨大ブラックホールがそうかんたんに消滅するはずがない。ブラックホールは、周囲の真空から粒子を「揺すり出す」ことでやせ細って消滅することができるけれど、周囲に物質がたくさんあれば、揺すり出す粒子以上のものを呑みこんでしまうからけっして痩せない。まぁねぇ、高尾山に登って運動して溜まった脂を発散しようとしても、帰りに八王子・高尾方面のラーメン二郎で豚ダブルとか食ったらけっして痩せないもんねぇ。
 では、消滅していないとすれば、そのブラックホールはどこへ行ったのか? この謎解きがちょっとさらっとしすぎている感じはしたのだけど、いちおうその謎解きがこの本の最後のクライマックスになっている。
 著者によれば、渦巻き銀河とか、棒渦巻き銀河とか(この本では私たちの銀河系がただの渦巻き型ではなく棒渦巻き型であることが何の説明もなく書いてある。もう常識になってしまったのか?)、楕円銀河とか、へんな形(車輪とか触角とか)の銀河とか、いろんなのが見られるのは、宇宙の歴史上、いまの時点だからで、このまま行くと銀河はみんな楕円銀河になってしまうらしい。遠くに微かに渦巻き銀河が見えて「昔はあんなのがあったんだなぁ」と奇異に思うのか、どうなのか。だから、人類がいまの時期に生まれたのは幸運だということだ。
 それをいうなら、もっと短い時間のスケールで、皆既日食金環日食が見られるのはいまだけで、過去には皆既日食しかなかったし、未来は金環日食しかなくなってしまう、というのもある。だから、いろんな日食が見られる人間は幸いなんだと。でも、たぶん、別の時代に生まれれば、その時代なりの美しいもの、おもしろいものを、人間とか、人間みたいな知的生命体とかいうのは探すんだろうと思うよ。
 読んでいてひとつ違和感があったのが、使われている写真にネガ写真が多いということだ。ネガ写真だと、空が白く、星とか星雲とか銀河とかが光っているところが黒く映る。でも、このデジカメ時代にネガというのもあんまり見かけなくなったしなぁ――ましてやモノクロのネガなんか、見たひと少ないと思うぞ。まあ、たしかにネガ写真で見ると「中心の黒いところに星とガスが落ちていくぞ〜」という感じはするけどね。