猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

押井守『勝つために戦え!』エンターブレイン(isbn:4757726686)

 オシイヌ咆吼集。押井カントクが「勝負」・「勝敗」というテーマで歯に衣着せずに語りまくる本である。全体として、押井監督の選好が大きくサッカーにシフトしているのがよくわかる。押井監督がサッカーにはまっていく過程もよくわかる――押井さんって興味を持ったものにはこんなふうに接するんだな、ということが。ところで、「審判は中立ではない、審判との勝負を制せよ」という「審判で勝負!」の章なんかはなかなかタイムリーだったね。
 たいへん優れた、そしてていねいな押井評論本である『前略、押井守様。』の著者野田真外さん(映像演出家)が、しゃべりまくる押井さんに対する聞き手を務め、『ミニパト!』や『イノセンス』で活躍しているアニメーターの西尾鉄也さんがイラストを担当している。でも、インタビューで実際に話されたことは、この本の分量の十倍以上に及ぶことは想像に難くない。
 この本は「どうしたら勝ち組になれるか」という本ではない。むしろ「勝ち組‐負け組」という二分法を――「負け組」と決めつけられることをどう乗り越えていくかという本だ。
 自分を取り巻く条件のなかで、「自分にとっての勝利」とは何かということを明確にさせ、その勝利を目標にして戦うべきだというのが、この本のだいたいの趣旨である。たとえば、スポーツでも、一つの試合に勝つことを目標にするのと、年間優勝するのを目標にするのと、世界チャンピオンになるのを目標にするのと、負けてもいいから観客を沸かせることを目標にするのと、地元に愛されるチームになるのと、戦い方は全部違うでしょ、という話だ。一つの試合に勝つのも年間優勝するのも世界チャンピオンになるのも観客を沸かせるのと地元に愛されるのをぜんぶ同じ方法で達成できるという考えは空想に過ぎないというのが押井監督の基本的な考えかたである。また、たとえば映画なら、映画は動員人数だけが「勝利条件」ではなく、それ以外にも「勝利条件」は考えられるのだから、自分にとって、達成可能でしかも達成して意味のある「勝利条件」を考え、そのために全力を傾注しようという提案である。これは、押井監督自身が、映画その他で目指していることでもあるし、押井映画の登場人物の行動原理としてもしばしば登場する。「勝つべき者が勝つべくして勝つのが理想だ」という、ロマンティシズムを排除した押井監督の美学が全編で語られている。
 それはそうと、以前から延々と語られている『PAX JAPONICA』の本が、同じエンターブレインからようやく出るみたいだ。こちらも出たらぜひ読んでみたい。