猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

松本淳、伊沢正名『粘菌―驚くべき生命力の謎』(誠文堂新光社、asin:4416207115)

 『天文年鑑』と『天文ガイド』を買いに行って、誠文堂新光社刊行物の棚を物色していたらこの本があったので買ってきた。『風の谷のナウシカ』の原作のほうに粘菌が出てきたことが採り上げられていた(しかも数ページに渡る文章で。あまり『ナウシカ』自体に即していない話題も含めて、だが)のが私にとってはこの本を買う決め手になった。南方熊楠の粘菌研究の話は前に知っていたけれども、そのときには「粘菌って何?」という印象はあまり残らなくて、粘菌という生物が印象に残ったのは『風の谷のナウシカ』からだから。
 ともかく写真が美しい。地味なじめっとしたところにいる生物のようだが、それがほんとうにきれいに写されている。一ミリにも満たない生物をよくこれほど見栄えのするように写したものだと思う。
 驚いたのは、この「粘菌」というのはアメーバにごく近い仲間だということだ。といっても「アメーバって何?」とあらためてきかれると、「あの、水の中にいて、ぐにゃぐにゃしてて形がよく変わる単細胞生物でしょ?」というぐらいしか知らないのだけれど。『プリンセスメーカー2』にも出てきましたね。
 ともかく、粘菌というのは、胞子で飛んでいって、発芽してアメーバになる、アメーバは条件しだいでは鞭毛虫にもなる、アメーバが男女でくっつくと成長して胞子を飛ばせるようになるというだけで、「おおっ、こういうのありかっ!」という驚きがあった。アメーバって動物っぽいから(小学校か、小学生のころ通っていた塾かで「動物プランクトン」として習った覚えがある)「胞子から生まれる」というのがまず反則みたいな気がした。いや、あのころの「常識」はいろいろ通用しなくなってますね。『天文年鑑』でも「冥王星」の項が消えて(エリスと合併になって)「準惑星」になってしまったものね。
 で、粘菌のアメーバが異性どうしくっつくと、「変形体」というのに成長して、移動していくらしく、しかも、陸上のものの表面をくっついて、栄養をとりつつ移動していくというのが、想像すると気もちわるいといえば気もちわるいんだけど、いや、それはそれですごい能力のような気もする。細胞が膜のようにびろーんと広がって、栄養のありかを捜しつつ、身体のなかに脈を作ってじりじりと移動していくわけで、それを「原形質」だけでやっているのだから、どういうふうになっているのだろうと思う。南方や宮崎駿のような想像力の持ち主が引きつけられたのもよくわかるように思う。
 芝生に粘菌の変形体が異常発生して、アメリカ人が「異星からの侵略者か?」と大騒ぎしたというエピソードが記されていて、なんかアメリカ人だな〜ぁと思ったけれど、では日本人ならびっくりしないかというと、そういうこともないだろう。それにしても、そういう巨大細胞で、核と原形質の関係とかどうなっているのだろう?
 この本によると、粘菌はさほど「原始的」な生物ではないようだ。樹木というものができて、森ができてから発展したもののようだ。しかし、粘菌には、微小な単細胞生物がどうして巨大生物化したかを解く鍵が、もしかしたらあるかも知れないと感じたりもした。先カンブリア代の海でマット状やマリモ状にぶよぶよと積み重なっていた単細胞藻類がどうやって巨大生物になっていったか……あんまり関係ないかな?
 あと、粘菌が炭酸カルシウムを持っていて、また、メラニン色素で有害な紫外線を遮断して胞子を保護するなど、なかなか「進んだ」ところがあるんだということにも感心した。「陸の珊瑚虫」というような表現もあった。じつは、以前、私は「陸に珊瑚はいないのかな」などと疑問に思ったことがあったのだけど……こういう生物がいたのですね。でも、珊瑚が陸に上がるのもすごいけど、アメーバが陸に上がるのもなんかすごい話のような。
 「世のなか」にはいろんな「生」があるんだなと感心した一冊でした。