猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

天文台特別公開

 もはや旧聞に属しますが、国立天文台の特別公開に行って来ました。
 国立天文台はとても懐かしい雰囲気のキャンパスです。武蔵野の森をその敷地のなかに抱えて、残しているようです。キャンパス内には狸が住み着いているという話も聞いたことがあります。
 ここのところ、毎年、特別公開の日には仕事が重なってずっとご無沙汰していました。前に特別公開に行ったのは、すばる望遠鏡が完成する少し前のことですから……ずいぶん前ですね。今年の講演会のテーマが「すばる10周年」だったのですから。
 大学院生の方から「いますばるの鏡を船に乗せて運んでいる」という説明をきいて、「嵐が来て船が揺れて鏡が曲がってしまったらどうするんですか?」とかいう意地悪な質問をしたのを覚えている。う〜む。そのころには、たしか、まだ天文台の施設を一般に公開していなくて、天文台施設を見学できたのはこの特別公開日(当時は「一般公開」と言ったはず)だけだったと思います。
 久しぶりに行ってみて感じたのは、見学者もスタッフも、ずいぶん専門的な知識のあるひとが多いということでした。大学院生の方が質問を受けていて、横できいていると、ずいぶん専門的な質問にていねいに答えている。しかも、専門知識のないひとにもわかりやすいように、ことばを選んで答えていた。天文学というのは、古典力学から原子核物理学、相対性理論量子力学まで、いろいろな専門知識の上に成り立っている学問です。説明の道筋がもうできていることがらならばともかく、その場の質問に、専門知識のないひとにわかりやすく答えていく。そのプレゼンテーションの能力には敬服しました。私自身、学問をするひとを「理系」・「文系」に機械的に分けるのはあまり好きではないけれど、「理系のひとはがんばってるな〜」というのが正直な感想でした。
 時間の都合で、記念講演会は後半しか聴けませんでした。で、その私の聴いた講演は、田村元秀先生の太陽系外の惑星探しに関するものです。あとで海部宣男すばる望遠鏡の宇宙』(岩波新書isbn:9784004310877)を読むと、田村さんは、すばる望遠鏡系外惑星探索装置「CIAO」(「チャオ」なのだそうです)による系外惑星直接撮影プロジェクトの中心人物と紹介されていました。CIAOというのは、精度の高い巨大望遠鏡で、星のまたたきをごく小さく抑えて解像度を上げ、しかも、光を放っている星を「コロナグラフ」の技術で隠すことで、その星のまわりを回っている惑星を直接撮影するための装置だということです。専門の観測と研究をリードしているひとから、直接、その話を聴けたんですね。う〜む、もうちょっと心して聴くんだった。
 で、田村先生にも、大学院生の方にも、「ホット・ジュピターはどうやってできたのか」ということを質問してみました(質問時間の最後で、時間オーバーにもかかわらず、すみません)。その答えは、私にとっては意外ものでした。
 「大型惑星は、主星(太陽系でいう太陽)から遠いところで誕生するけれど、原始惑星系円盤のなかで、ガスに阻まれてエネルギー(正確には「角運動量」らしい)を失い、主星の近くまで落ちてくる。そして、ガスのないところまで来て、ようやく止まる。だから、主星のすぐそばを回転するホット・ジュピターになる」。
 ――ということは、大型惑星はほうっておいたらホット・ジュピターになるということですか?
 「そうです」
 ――では、どうして木星ホット・ジュピターになってないのでしょう?
 「それが謎なのです。昔、太陽系しかサンプルがない時代には、太陽系のような惑星の配置が普通だと思われていたのですが、現在では、太陽系のように、大型ガス惑星が主星から遠いところを回っているほうが例外だと考えられています」
 いや、何というか、びっくりです。これがまさに「コペルニクス的転回」というもの?
 たしかに、原始惑星系円盤で塵(土埃や砂粒のようなもの)がかたまって微惑星になり、その微惑星がさらに衝突と合体を繰り返して惑星に成長するというシナリオには、いくつかの「弱点」があるときいたことがあります。その一つは、この過程がゆっくりと進んだとすると、成長のある段階で、できかけの惑星はみんな主星(太陽系では太陽)に落ちこんでしまって、残らないはずだということだったと思います。惑星が大きくなると、惑星にならなかった塵やガスの抵抗が大きくなって、エネルギーを失って主星に落ちてしまうのですね。太陽系形成の理論では、それを回避するために、ある段階では太陽に落ちこんでいる暇もないほど急速な合体が進んだのだという理論を採用したりしていたはずです。で、ほかの原始惑星系では、そうならずに、すなおに主星に向かって惑星が落ちこんでしまって、で、しかし、主星に近く、その主星の光や熱でガスや塵が存在できないところまで落ちたら、抵抗がなくなるので落ちるのが止まる。そうやってホット・ジュピターができる――ということなのだそうです。
 ちなみに、そのばあい、原始惑星系円盤(星雲)の内側に地球型の惑星ができていても、ホット・ジュピターが主星に落ちていく途中で、引きこまれるか、はね飛ばされるかして、存在しなくなってしまうのだそうです。他方で、ホット・ジュピターが落ちこんでから、その外側の塵で地球型惑星ができたばあいには、ホット・ジュピターの外側に地球型惑星が存在することはありうる、ということでした。
 私は、前の日記を書いたときまで、ホット・ジュピターは、原始惑星系円盤(星雲)などが消滅したずっとあとになって、ほかの惑星との関係で主星へと落ちこんでできたと考えていました。そういう例もあるのでしょうが、それが主流でもないようです。
 私が、この説明にていねいに答えてくださった大学院生の年齢だったころには、「ボーデの法則はほかの恒星にも当てはまるはずで、だから、ほかの恒星の周囲にも地球のような惑星があるはず」というような説を本で読んだ覚えがあります(一般向けだったけれど、「トンデモ本」とはいえない内容の本だったと思う)。やっぱり、1995年、現実に太陽系以外で惑星系が見つかったということが、惑星系形成の理論を「実証」の方向へと大きく突き動かしたということになるのでしょう。
 そのあと、日の暮れかけた天文台を急ぎ足で一周しました。日暮れの林のなかに、煉瓦造り(煉瓦風タイル張りも含む)の建築物が点在している天文台の雰囲気には独特のものを感じます。で、それといっしょに感じたのは、この天文台には、かつて、天体観測と同じくらい「暦の計算・確定」の役割を担っていたのだということでした。