猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

一か月のあいだ何をしていたか?

 講談社青い鳥文庫の『初恋アニヴァーサリー』を読了しました。倉橋耀子さんのお話がいいと思って本棚を見ると、前に買ったまま読んでいなかった倉橋さんの青い鳥文庫(『いちご』)を見つけた。その青い鳥文庫を取り出したら、その後ろから、20世紀に買って読んでいなかった講談社ブルーバックス小林誠『消えた反物質isbn:4062571749 が出てきました。同じ講談社の「青」つながりです。おお、2008年にノーベル賞を取られた小林さんではないか、と思って、倉橋さんの本より先に読みました。ちなみに倉橋さんの本はまだ読んでません。ごめんなさい。
 この本を買ったときにすぐに読まなかったのは、『消えた反物質』というタイトルがキワモノっぽかったからだと思います。それで、読んでみると、行列式を使って順を追って論証を進めた、きちんとした「科学の本」でした。
 当然、難しいのですが、そのわりには読みやすかった。数学のわかる人は数式を追って理解できるのでしょうが、それがわからなくても、「ここではこういうことを理解すればいい」という案内がきちんとしていて、それが読みやすさの理由でしょう。序章が全体の「見取り図」になっているので、それだけでもわかりやすい。それで、最後に「宇宙には、なぜ物質と反物質が等量あるのではなく、物質が圧倒的に多く存在するのか」という問題にたどり着く。それをタイトルにしたものですが、話の中心は、その説明として重要な「CP対称性の破れ」という現象を中心に展開します。
 「CP対称性の破れ」のうち、「C対称性の破れ」が、「粒子と反粒子は同じ量あるはずなのに、どちらかが(実際には粒子が)多い」という現象を意味します。ただ、この「C対称性の破れ」に「P対称性の破れ」という現象がくっつくと、その「粒子と反粒子でどちらかが多い」の意味が消されてしまう(「C対称性もP対称性も破れているが、CP対称性は破れていない」)ことがある。粒子と反粒子の量の違いが意味を持つには、「C対称性は破れていて、P対称性の破れでもその破れの意味が消えない」=「CP対称性が破れている」必要があるわけです。その現象を、「電荷を持たないK中間子の崩壊」を中心に追い、説明しているのがこの本です。なお、「P対称性」とは、「左右の対称性」で、その「左右」とは具体的には粒子が自転していると考えたばあいのその自転(「スピン」という)の方向のことです。「右回りの粒子と左回りの粒子が同じ量ある」というのが「P対称性」で、その量が違うとか、どちらかしかないというのが「P対称性の破れ」です。
 ノーベル賞の受賞理由になっていた「小林‐益川理論」にも触れられています。「小林‐益川理論」で予想される6種類(3「世代」)のクォークのうち「トップ」がようやく見つかってそれほど経っていない時期に書かれた本です。ニュートリノに質量があるかないかがまだ決着しておらず、この本ではニュートリノには質量がないという仮定で話が進んでいます。宇宙年齢問題もまだ解決しておらず、「宇宙膨張の再加速」もまだわかっていなかった時期です。ただ、宇宙初期の「インフレーション」(急速膨張)と、インフレーション後の再加熱というシナリオはすでに紹介されています。
 重力を除いた「電磁相互作用」、「強い相互作用」、「弱い相互作用」のうち、何か性格が中途半端でよくわからない印象が(少なくとも私には)ある「弱い相互作用」がこの本では「主役」です。「電磁相互作用」は電気や磁気の働き、「強い相互作用」は原子核を一つに結びつける力と説明しますが、「弱い相互作用」には私はこれまで「原子核ベータ崩壊を起こす力」という説明をつけてきました。でも、なぜ「ベータ崩壊を起こす力」だけが別なのか? まあ、自然がそうなっているからしかたがない、とは言えるわけですが、割り切れない感じがしていました。
 でも、「弱い相互作用」は、ただベータ崩壊を起こすだけの「相互作用」ではないのだということがこの本でよくわかりました。それだけでなく、「粒子(が構成する物質)が圧倒的に多い」ということを説明するための「CP対称性の破れ」という現象にとって、「弱い相互作用」が決定的な役割を担っている。CP対称性が完全に守られていたら、宇宙には物質と反物質が等量存在して、物質と反物質が「対消滅」してしまっているはずです。つまり、「弱い相互作用」のおかげで私たちは宇宙に平穏に存在していられる。それを段取りを追って解説した本でした。
 この本を読んでから、忙中の退屈な会議の合間には「弱い相互作用」のファインマンダイヤグラム(相互作用を線と波線で図示した図)を書いて過ごすことが多くなりました(汗)。