猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

『奇蹟の雷撃隊』光人社 isbn:476982064x

 -- ネタバレありです --
 第二次大戦期に「戦闘機の坂井(三郎)」と並び称された雷撃機のエースだった森拾三さんの日中戦争・太平洋戦争の回想録だ。
 この本を読むと、日本の航空隊にとっての日中戦争(1937年〜)というのの意味は軽くなかったんじゃないかという気がする。この本の著者の森さんは日中戦争で各地を転戦しており、そのときに爆撃の経験も積んでいる。日本の航空部隊が太平洋戦争(1941年〜)より前に戦った本格的な戦争というと日中戦争で、その戦訓がいろんな意味で太平洋戦争の日本の航空部隊に反映したのではないかと思うのだ。
 ところで、このとき、森さんは海軍のパイロットであるにもかかわらず長江(揚子江)のかなり上流まで行っている。海からは離れた奥地だ。大型の空母がそんなところまで行けるはずがないから、占領地域の陸上基地を使っての作戦だ。長江は海軍の艦艇が遡上し、いちおう海軍のナワバリだったのだろうけど、支援している相手は陸軍部隊だ。このあたりで「陸軍/海軍」の組織を見直すとかいうことを考えなかったのだろうか?
 もうひとつ印象的だったのが、この本の後半に出てくる航空母艦隼鷹の伊東分隊長というひとの話である。
 伊東分隊長というひとは、著者の上官だったけれど、実験経験がまるでない。著者はというと、そのときすでに中国戦線、ハワイ、ウェーク島、インド洋、ミッドウェーと転戦して経験を積んでいる。著者たちから見ると伊東分隊長の指揮はなっていなくて、とても危なっかしい。そこで、それを伊東分隊長に直接に指摘すると、分隊長はべつに上官風を吹かせるわけでもなく「みんなで一番いい方法を考えて行こう」といい、それに隊員たちも感激して、隊員みんなで研究会を熱心に開くようになったという。けれども、けっきょくこの伊東分隊長の判断ミスで著者の部隊は大敗し、伊東分隊長は戦死、著者も重傷を負ってしまう。謙虚で、研究熱心で、相手が部下でもその経験から多くを学ぼうとする伊東分隊長は理想的な「上司」だと思う。現場のことなんか知らないくせに現場から上がってくる声を無視して自分の判断を根拠もなく正しいと信じこみ(「思いつきでものを言う」)、部下の士気を低下させ、組織全体をだめにする「上司」は、太平洋戦争当時も現在もいっぱいいる(……んだろうと思う)が、この伊東分隊長というひとはそういう「上司」ではない。そんな理想的「上司」でも、戦場では、経験か判断力が不足していれば、自分の生命を失い、部下の生命までも失わせるにいたる。そういう戦争の厳しさをこの伊東分隊長のエピソードは強く感じさせてくれたと思う。