猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

アガサ・クリスティ『アクロイド殺害事件』創元推理文庫、isbn:4488105432

 ……の出だしの部分をちょこっと細工した文章だったり。
 でも、「姉」がいろいろと舞台回し的な役割を果たすという点では意外と似ていたりします。もちろん、具体的なキャラクターも役回りも違いますけどね。ほかにも:


 この男は、探偵として、ほんとうにえらいのだろうかという不審が、ふと私の胸をかすめた。彼の大きな名声は、幸運の連続の上にうち立てられたものではないだろうか?
という一文は『愚者のエンドロール』を思わせたりしますし。

 !いちおうネタバレしないように書いてますが、探偵小説なので軽微なヒントも目にしたくないというひとは注意してください!

 というわけで、斬新なトリックで有名なクリスティーの探偵小説 The Murder of Roger Ackroyd です。創元推理文庫版は「アクロイド殺害事件」、ハヤカワ文庫版は「アクロイド殺し」というタイトルになっています。「アクロイド」は被害者の名だから、「アクロイド殺人事件」とすると同義反復になってしまうので、「殺害事件」とか「殺し」とかにしているのでしょうけれど、「殺害事件」は少し仰々しく、また日本語で「〜殺し」にしてしまうと、多少、品がないかな、と思ったりします。というより、「ロジャー」というファーストネームは翻訳に反映させなくていいのか?
 私がこの作品を読むのは高校生のとき以来です。
 高校生のとき、私がクリスティーの探偵小説を読み始めてしばらくして、友人に『そして誰もいなくなった』を貸してほしいと頼んだら、「『そして誰も』もいいがこれも読め」と、いっしょに押しつけるように貸してくれたのです。そのときは『アクロイド殺し』というさえないタイトルのこの作をどうしてしいて読ませようとするのか、よくわかりませんでした。
 で、高校生のときには、ハヤカワ版を貸してもらって読んだので、今回は創元推理版を読みました。
 この作品の有名なトリックは覚えていましたが、それ以外の部分はすっかり忘れていました。麻雀をしている場面があるのを覚えていた程度です。当時、私は麻雀を覚えたてだったころで、そのトリックに行きあたるまでは、友だちが「ともかく読め」と押しつけるようにこの本を貸してくれたのは、その麻雀を打つ場面があるからだと思いこんでいました。もっとも麻雀はその後急速に忘れてしまって、現在ではまったく知らないも同然です。
 で、やっぱりいま読むと、高校生の頃に感じたのとは感じが違います。
 当時は、門番小屋から屋敷まで何分もかかったり、屋敷地のなかに小屋があったり池があったりという「イギリスのお屋敷」にも、そういう「お屋敷」がある「イギリスの村」にも、ぜんぜん想像力が湧きませんでしたからね。また、そういう「イギリスのお屋敷」の使用人とはどういう存在かもよくわかっていませんでした。
 また、この作品では、何人かの登場人物が投機に失敗したりおカネに困っていたりする。それは、おカネに困っていることが殺人の動機になり得るからですが、同時に、この物語が書かれた1920年代中ごろのイギリスの世相というのをよく語っているのかも知れません。
 作風そのものは、後期のクリスティー作品のような「陰翳」を感じさせるものというよりは「謎解き」に徹したものと言っていいと思います。でも、一方で、過去の不審死事件と問題の殺人事件が関連するかどうか、関連するとしたらそれはどういう関連か、などが問題になるという構成は、後のクリスティー作品を思わせるところもあるかも知れません。主人公の姉から被害者の関係者、使用人(ようするにメイド)まで、さまざまな女の人が巧く描き分けられているのは、やっぱり女性作家だからかな、ということも感じます。