猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

南和男『江戸の町奉行』吉川弘文館、isbn:4642055932

 江戸の町奉行の制度の変遷とか、仕事の内容とか、評判とか、当時の奉行所での裁判の実態とか、小伝馬町の牢屋の実態とか、火付盗賊改や与力・同心といった町奉行に近い職についてとかを、史料に基づいて紹介した本だ。もちろん時代劇に描かれている町奉行や火付盗賊改の像とは大きく違うのだけれど、帯に「時代劇ファン必読!」とあるように、「時代劇まちがい探し」みたいな本になっていないところが好感が持てる。時代劇によく出てくるようなネタについて「じゃあ、ほんとはどうだったんだ?」ということが書いてある本と言えばいいだろう。天満や播磨は読まないかも知れないけど、八雲ちゃんにはお勧めの本かな。
 町奉行の在職中死亡例が多いこととかも出ていて、当時から「過労死してしまうほどの激務」というのがあったんだなというのがよくわかる。また、見せしめ的な「政治的裁判」に、実際には関わりのない市民(江戸の住人)が巻きこまれていくようすが、市民の側から描かれていて、こういうところからは、政治権力の怖さとか、政治権力が打ち出す美辞麗句の裏側みたいなのが伝わってくるように感じた。長谷川平蔵宣以(「鬼平」)が、都市騒擾事件を収拾するのに「見物人も逮捕してよし」という強硬手段に訴えた話は、いまならばむちゃくちゃな話だけど、「暴動の見物に集まった人間がいつの間にか暴徒に参加して騒ぎが大きくなる」という、「都市騒擾」というできごとの動態も表しているようで、なかなか興味深い。
 作者の南さんには、こんどは、鬼平とか遠山左衛門尉(金四郎)景元とか、時代劇とかでは悪役になることの多い鳥居耀蔵とかの有名人も、専門家でも名を知らないような無名人も含めて、奉行とか火付盗賊改とか与力・同心とかの「列伝」を書いていただけたらありがたいなーと思ったりもする。