猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

「宇宙暗黒時代を探る」

 宇宙創成のビッグバン以後は宇宙全体が光り輝いている状態でした。温度が高すぎて原子核に電子がくっついていられず、あっちこっちで光(エックス線とか電波とかも含んで)が出たと思ったらまた吸収され、というのを活発に繰り返していたので、先が見通せなかったのです。宇宙全体が濃い雲に覆われた状態で、その雲自体がめちゃくちゃに明るく光り輝いている状態でした。それが、宇宙の成立から38万年後、電子が原子核にくっつき、光らなくなって、宇宙は透明な宇宙になりました。これが「宇宙の晴れ上がり」という現象です。
 ところで、せっかく晴れ上がったのに、宇宙にはまだ星がありません。ほかに光るものは存在しないので、宇宙はしばらく真っ暗闇の状態が続きます(宇宙背景放射もあるし、温度を持ったガスは電磁波を出すはずなので、完全な暗闇ではないはずですが)。それが3億年ぐらいつづいたということです。
 吉田さんのいう「宇宙暗黒時代」はこの「宇宙の晴れ上がり」から「最初の星の創成」までの時間です。宇宙全体が光っていた時代と、宇宙の中に星ができてそれが光っている時代のあいだにほとんど闇の時代が3億年ぐらいあったというのはなんかふしぎな感じがしますが、「闇の時代」が次の「光の時代」を準備した、と考えればなんか前向きな感じがしたりもします。
 水素(重水素を含む)とヘリウムとわずかなリチウムしか存在しない宇宙から、どうやって星ができてきたか? それをコンピューターによるシミュレーションで解き明かすのが吉田さんのご研究だということです。そのような研究内容なので、数理的な議論をすればいくらでも専門的にできるはずなのに、専門家でない聴衆にもよくわかるように工夫されており、しかも KeynoteiTunes を活用した、雪豹も喜ぶすばらしい研究発表でした。
 いまの宇宙は、銀河などの天体が集まった「壁」の部分と、それがほとんどない「泡」の部分とでできています。そのシミュレーションによると、宇宙の最初にその「壁と泡」の構造ができ、物質の集まった「壁」の部分で星が次々に生まれたということです。その三次元画像は、適当に色づけすれば、パンやケーキの生地が発酵しておいしいパンやケーキができてくる過程のように見えました(パンやケーキはあと焼かないといけませんけど)。「宇宙の晴れ上がり」から3億年後の宇宙のシミュレーション結果の映像はすごく高いフランスパンの切り口を拡大して見ているようでした。パンやケーキの生地のばあい、発酵で発生した二酸化炭素が泡を造り、それで生地の素材が圧迫されて「壁」や「柱」のように残る(それがふわっとした食感につながる)のですが、宇宙のばあいは「壁」や「柱」を形づくる材料が重力で凝集して「泡」の部分を残す。泡が素材を押すのと、素材が自分で集まって泡を残すのとで、できかたが逆なのですが、できたものの感じはよく似ていました。
 その「壁」の部分に物質が凝集して、最初は、地球の大気よりは濃いけれど太陽・恒星よりは薄いガスの塊ができる。それができたところにガスがたくさん集まってきて、いまの宇宙ではほとんど存在しない、太陽の百倍もあるような巨大な星ができた。それが宇宙最初の星たちだったといいます。では、いまの宇宙でも最初の宇宙と同じように大量のガスがあれば同じような巨大星ができるかというと、それはほとんどできない。どうしてかというと、ガスの温度の違いや、宇宙最初には存在しなかった水素・ヘリウム以外の元素(水素・ヘリウムに対して「重元素」というそうです。なお、「重元素」ということばにはいくつかの定義があるようで、ばあいによって使い分けるようです)がいまは存在するなど、さまざまな条件が違ったからということでした。宇宙業界が始まったころはビッグスターだらけだったのに、その後のスターは小ぶりになって、ビッグスターはなかなか出なくなってしまった――ということでしょう。
 星は大きいほど寿命は短く、しかも巨大な星は超新星爆発を起こして内部の物質をまき散らします。また、大きい星の内部では、炭素や酸素はもちろん、鉄までの重元素まで生成されますし、超新星爆発では鉄よりも重い元素がたくさんできます。「最初の星」はあまりの巨大さゆえに数百万年の寿命しかなかったといいます。数百万年というと私たちにとっては十分に長いですが、「最初の星」誕生の瞬間にヒトとチンパンジーの共通祖先がいたとして、「最初の星」が超新星爆発してしまうまでの時間ではその生きものは現生人類まで進化できない。それぐらいの時間なのです。
 ということは、最初はほぼ水素とヘリウムだけだった宇宙が、「最初の星」成立後は急速に「重元素」の多い宇宙に変わって行くということです。最初のころには、軽い水素とヘリウムしかなかったので、水素とヘリウムだけでできた軽い単純な星が地味に生まれたんだろうと思うと、そうではなかったのですね。巨大な星が次々に生まれて次々に派手に爆発していくという「荒々しい創成時代」があった。
 銀河どうしが衝突すると、その衝突の衝撃でガスが圧縮され、次々に巨大な星ができて次々に超新星爆発していく「スターバースト」領域と呼ばれる部分が生まれることがあります。宇宙の最初のころはそれと似ている、というより、スターバースト領域で起こっていることは宇宙最初期の現象の小型版なのかも知れません。そういう意味では、この「宇宙の脱・暗黒時代」の様相を検証するためには、スターバーストの観測が一つの手段になるのかも知れないと思います。
 ところで、現在の宇宙では、星の大部分は銀河に集まっています。そこで、星が先にできて銀河に集まったのか、銀河が先にできてそこに星が生まれたのかという議論があるそうです。共同体が先にあってそこに人間が生まれるのか、個々の人間が集まって共同体や社会が結成されるのかという、共同体論と社会契約論との対立のような違いが宇宙論にもあるのです(もちろん星が契約を結んで銀河を結成するわけではないので、違いの内容は異なりますが)。このシミュレーションは「星が先にできて、それが集まって銀河ができた」という見かたを支持しているように思えました。宇宙は社会契約論的だったのです(そういえばロックの『統治二論』の記事を途中まで書いてほうり出したままでした。すみません)。一方で、たとえば変数を変化させてシミュレーションをしてみれば、現在観測されているクエーサーのような巨大ブラックホールがまず形成されて、そこに集まってきた物質が「最初の星」を形成するような(「共同体論」的な)可能性はないのかな、ということも感じます。