猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

なぜ「今世紀最大の日食」だったのか

 前回から一か月近くご無沙汰してしまいました。
 何をしていたかというと、同人誌の原稿を書いてました。
 ……すみません。

 ということで、ジョン・ロックの「統治二論」や社会契約論の話も終わっていないのだけれど。
 今回は昨日(7月22日)の日食についてです。

 最大食分の前後、雲が出ていたために、かえって雲越しに細く欠けた太陽を見ることができました。三日月のように細くなった太陽の前を雲が飛ぶように(飛んでるんですけど)通り過ぎて行く姿はずっと忘れないだろうと思います。雲越しでもほんとは太陽を直視してはいけなかったはずですけどね。周囲の景色も、単純に曇っているのとは違って、濃い藍色のフィルターを通して見ているような色になっていきます。暗く翳っているのに、ちゃんと日が当たっているという、ふしぎな感じです。

 今回の日食で不運だったのは、皆既帯が梅雨前線の前線帯と重なってしまったことでしょう。気象庁のページで日食のときの「ひまわり」の映像を見ることができます。
 http://www.jma-net.go.jp/sat/data/web/suneclipse_observation.html
 動画で見ると、月の濃い影が地球上を走って行くのがわかります。それで、気象衛星の写真なのでもちろん雲も映っているのですけど。
 中国大陸の東の端から南西諸島にかけては、みごとに雲の濃いところの上を月の影の濃いところが走り抜けて行きます。
 前線も東西向きに走っているし、皆既帯も東西に走っているので、重なってしまうと広い範囲で皆既帯の下で天気が崩れることになるわけですが、とくに中国大陸の東側から南西諸島にかけて皆既帯の傾きと前線帯の傾きがちょうど一致してしまったようですね。
 「自然」のやることだからしようがないけれど、長い時間をかけて準備してきた人たちには「残念」の一言ではすまない不運さです。

 それで、その今回の日食の特徴はというと、21世紀始まってまだ10年も経っていないのに、もう「今世紀で皆既時間最長の日食」が来てしまったことでしょう。21世紀はあと90年ほど「今世紀最大の日食」がないのです。それも何か味気ないですね。これも、人間が人為的に100年ごとに「世紀」を切った結果だからしようがないですけど。
 なぜここで「今世紀最大(=皆既時間最長)の日食」が来てしまったかというと、「皆既時間が長い日食」の条件が重なったからです。皆既日食が長くなる条件は、つまり月の向こうに太陽が隠れている時間が長ければいいわけですから:
 1. 太陽が見える大きさが小さい
 2. 月が見える大きさが大きい
 3. 太陽が月のまん中あたりを通る
の三つです。
 このうち、「3.」は、地上のどこから見るかによって変わりますから、日食のばあいには、「地球上には太陽が月のまん中を通るように見える場所もあれば、端っこを通るように見えることもある」ということになります。
 そこで、それを除いた「1.」と「2.」の条件の意味が大きいわけです。
 今回の日食では、まず、一年で太陽がいちばん小さく見える時期に起こりました。
 地球の軌道はだいたい円ですけれども、少しだけ楕円になっています。楕円軌道では、楕円の「長い直径」(長径)の端の一方で地球が太陽にいちばん近づき、その反対側で太陽からいちばん遠くなるという性質があります。なんでこうなるかというと……よくわからないんですけど……リンゴが地球に落ちる以上、惑星はそういう軌道で太陽のまわりを回るはずだというのが有名な万有引力の法則だったはずです。えーとね、ものを投げ上げると放物線を描くわけだけど、その放物線の開いているほうをぐにゅっとくっつけたのが楕円で……とか書いてもわけがわからなくなるので、やめておきましょう。
 ともかく、地球が太陽に近いところを通るときには太陽は大きく見えます。逆に太陽から遠いところでは太陽は小さく見えます。で、今年は、地球が太陽にいちばん近づくのが1月5日、いちばん遠ざかるのが7月4日でした。だから日食は太陽からいちばん遠いところ(遠日点)のすぐ近くで起こったことになります。太陽が見える大きさが「いちばん小さい」に近い時期だったわけです。
 しかも、今回は、月がとくに大きく見える時期に起こりました。
 月の軌道も楕円なので、月も地球に近づくときと地球から遠ざかるときがあります。月がいちばん遠いときといちばん近いときで、月が見える大きさは大ざっぱに言って一割ほど違います。もちろん近いときが大きく見える。今月は月が地球にいちばん近づくのが7月22日の5時14分(日本時間)です。で、日食が起こるのがその6時間後ですから、月のほうは「いちばん大きい」にとても近いところで日食が起こった。
 さらに、月が地球にいちばん近づいたときの距離は月によって違います。今年のばあいは、1月と7月がいちばん近づく。つまり、一年でも月がいちばん大きく見えたその日に今回の日食が起こった。
 今回は「太陽がいちばん小さく見える時期に、月がいちばん大きく見えて、そのときに皆既日食が起こった」わけです。こういうよい条件が重なるこういうチャンスはめったにあるものではない……ので今回の日食が「今世紀最大」になったのです。
 ……とかいうことを考えると、前線の下だったのがよけいに恨めしくなりますね。