猫も歩けば...

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「いまのような国」への第一歩

 もちろん、百年戦争の決着がついたからと言って、イギリスとフランスがすぐに「いまのような国」(国民国家)になったわけではありません。フランス王家が15世紀の末にいまのフランスの領域に当たる領土から反抗的な諸侯を一掃して国家統一をなし遂げるまでを著者は追っています。それで、事実上、いまのフランスの領域は決まるわけですが、その後のフランスが「スペイン継承戦争」とか「オーストリア継承戦争」とかを戦っていることからみれば、「王家の財産としての王位」という感覚が消えたわけではない。
 イギリス側にしても、著者は、百年戦争に続く「薔薇戦争」でのランカスター家とヨーク家の争いで有力貴族が倒れ、王による国家統一が成功したところでいちおう記述を終わっていますが、その後のテューダー朝イングランド北部の貴族勢力の反抗には手を焼きつづけます。
 でも、いずれにしても、イギリスもフランスも、百年戦争で踏み出された「一歩」以前まであと戻りすることがなかったということもまた確実です。
 「英仏百年戦争」で、「いまのような国」への一歩を踏み出したイギリスもフランスも、それが「いまのような国」になるためには、まだいろいろな経験をしなければならなかった。そこには、宗教改革から始まるプロテスタント諸派カトリックの争いとか、大航海時代の始まりによってヨーロッパ以外の海外領土の支配を始めたこととか、いろんな要素が絡んでくる。フランスで王が国土を統一し、イギリスでテューダー朝が始まって薔薇戦争終結するのとほぼ同時に、ヨーロッパ人は「新大陸」に到達し、アフリカ大陸南端まわりでインドにも到達する。それから少し経ってからルターが登場してプロテスタントが成立し、イギリスもフランスも宗教をめぐる内乱を経験する。そうやってイギリスとフランスは「ヨーロッパの強国」にとどまらない「世界の強国」になっていく。
 この、「いまのような国」への第一歩を踏み固めた直後に、「大航海時代」と「宗教改革」(と「ルネサンス」)という「近代ヨーロッパの始まり」の時期が来たことが、その後のイギリスとフランスの発展に有利だったのか、それともあんまり関係がないのかは、私にはよくわかりません。しかし、この時期に「いまのような国」にまだ踏み出していなかったドイツやイタリア、さらにはポーランドリトアニアのその後の発展と較べたとき、やっぱり関係があるように思えます。
 この本には、ほかにも、イギリス王が動員した庶民の長弓隊がフランスの諸侯軍より強かった理由とか(このあたりについては押井守原案の映画『宮本武蔵』と重なる話も多い)、戦争がなくなって傭兵を解雇したら治安を乱す要因になったとか、いろいろと興味深い話が出てきます。固有名詞を覚えたり、そのときどきの情勢を正確に把握したりしながら読み進めようとすれば、日本人には馴染みのない地名もたくさん出てくるので相当な「熟読」が必要でしょうけれど、そういうことを気にせずに読み進めるならば、気軽に読めてしまう本だと思います。