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鈴木由美『中先代の乱』について(1)

 中公新書の「中世の乱」シリーズが、呉座勇一『応仁の乱』、亀田俊和観応の擾乱』、坂井孝一『承久の乱』と来て、その最新刊として鈴木由美『中先代の乱』(中公新書、2021年)が刊行されました。「中世の乱」シリーズというのかどうか知らないけど……。
 建武政権南北朝時代の歴史に興味を持つ前の私にとっては、中先代(なかせんだい)の乱といえば、なんかそんな事件が日本史の教科書にそんな話は出てきたなぁ、という程度のできごとだったと思います。教科書に出てくるとしても、ちょろっと事件名がカッコ内に記されている程度で、とても失礼ながら「それで一冊の本が出るの?」というのが最初の印象でした。
 中先代の乱というのは、鎌倉幕府滅亡直後の1335(建武2)年に北条時行建武政権に対して起こした反乱です。それまで京都で後醍醐天皇建武政権を支えていた足利尊氏が、この反乱の鎮圧のために鎌倉に向かい、やがて建武政権に「反旗を翻す」ことになる。北条時行さんは「反乱を起こした」というところにしか出て来ないで、この時行さんが起こした大事件なのに、いつの間にか主役が足利尊氏後醍醐天皇というビッグネームに取られてしまっている。時行さんがその後どうなったかは日本史の教科書には出てきませんでした。中先代の乱自体にはなんの意味もなく、それが足利尊氏建武政権からの離反、そして室町幕府の開創につながったところに意味がある。そんな扱いだったと思います。
 北条時行鎌倉幕府滅亡後に鎌倉幕府の執権を出した北条家の「本家」(得宗家)の子です。父親の高時は鎌倉幕府滅亡のときに自害しています。北条一族の多くがこのときに自害し、京都にいた北条一族も従者たちもろとも自害しているので、北条一族の多くが鎌倉幕府と運命をともにしたのですが、そのなかでも「北条一族のサラブレッド」というべき本家の子が生き残ったのですね。それが時行でした。
 著者の鈴木由美さんは、日本史史料研究会の本で、北条時行や、鎌倉幕府滅亡後の北条氏について積極的に書いておられる方、ということで印象に残っていました。北条時行については、日本史史料研究会(編)『日本史のまめまめしい知識』第一巻収録の論文で「時行」は「ときつら」ではなかったのか、という説を提起されたのですが、現在では「ときゆき」と「ときつら」の両方の可能性がある、という説のようです。