もう1か月前の話になります。
仕事と台湾高速鉄道(新幹線)に乗る「鉄」目的とを兼ねて台湾に行きました。そこで『時をかける少女』(細田守監督)を公開していることがわかり、見てきました(台湾の『時かけ』サイト:http://www.bvi.com.tw/movies/timeleapt/)。ちなみに台湾でのタイトルは『跳べ! 時空少女』(『跳躍ぱ! 時空少女』:「ぱ」は「口巴」)です。「跳躍」は「リープ」の訳として使われています。
私が『時かけ』台湾公開に気づいたのは、地下・高架鉄道「捷運MRT」の駅での宣伝でです。とくに「淡水線」の駅には、私が下りた駅にはすべて『時かけ』の駅広告が出ていました。
私が見た範囲では、日本映画の宣伝は、『ALWAYS』(副題は『幸福の三丁目』になっていた。「の」は日本のかな表記です。たぶん「的」で発音するのだろうと思いますが)、『ただ君を愛してる』(白色情人節=ホワイトデー記念公開だそうです)などが出ており、また『スパイダーマン3』や『ハンニバル・ライジング』の宣伝も見ましたが、劇場で公開されているアニメは『時かけ』だけだったようです。
最近聞いた話ではあまり客足がのびていないそうですが、私が見に行ったのは、公開翌日ということもあって、けっこうお客さんが入っていました。台湾の映画館は、途中の休憩が10分ぐらいしかなく、ほとんどあいだを置かず上映するようです。また、最終回が10時台、なかには午前2時台という映画館もあって、台湾の映画館は夜遅くまで開いているようです。
私が見に行った映画館は字幕上映でした(吹き替えがあるのかどうかはよくわかりません)。字幕は非常にていねいに訳されていました。日本の字幕とは反対に、もとのセリフで言っていない内容まで補って訳しています。これは、日本の字幕の怠慢でなければ、中国語圏で漢字だけでことばを表記できる――従って一文字に込められる情報が多いことの優位でしょう。
また、千昭と真琴の「一回めの別れ」の場面では、「すまん」と「申しわけねぇ」をきちっと訳し分けていました。「Time waits for no one」は、最初に真琴が読む場面と、そのあとで友梨に「やぁねぇ、Time waits for no oneよぉ」というセリフは、英文で「Time waits for no one」と出るのに対して、友梨のセリフ「真琴、タイム・ウェイツ・フォー・ノー・ワン」だけは中国語で「時は人を待たない」という字幕で出ます。きめ細かい仕事をしていると思いました。
芳山和子が博物館で呼びかけられる場面は、「芳山さん」を「芳山小姐」と訳していました。「小姐」は未婚の女性に使う表現なので、和子がまだ結婚していないことをきちんと踏まえた訳です。真琴が、最初の自発的タイムリープと「二度めの最後のタイムリープ」で叫ぶ「行けーっ」は、最初のほうが「跳ぶよ」(跳ぱ:「ぱ」は「口巴」)、二度めのほうが「行くよ」(我来了)と訳し分けられていました(ちなみに予告編の同じセリフは「衝あ」:「あ」は「口阿」でまた別)。これは、意識的に「行けーっ」をこの二回に限ったのでしょうから、もしかすると適切な訳ではないのかも知れませんが、やはり状況に応じて訳し分けていると思います。
この「二度めの最後のタイムリープ」の途中の回想シーンのセリフは、劇場によっては聞き取りづらいことがありますが、台湾版は、その主なセリフにはきちんと字幕がつけられていました。
ていねいに訳されていたのですが、ところどころ違和感を感じるところもないではありませんでした。ただ、「明らかに誤訳」というのはほとんどありませんでした。上に書いたように状況を補って訳するのですが、その部分でいくつか違和感を感じたというところです。
具体的には:
・果穂に対して盛子・析美が言う(どちらのセリフか覚えていないのですが)「やばいかやばくないかはこいつ(果穂)が決めることじゃん」が「相手が決めること」になっていました。これだと「功介次第だ」という意味になってしまいます。
・「ナイスの日」は「7と1と3の音を取って NICE です」という字幕になっていました。ていねいな訳ですが、中国語では通じないので、台湾のお客さんがどれだけわかったかはよくわかりません。
・和子によるタイムリープの説明で「真琴、あなたが戻ったの」は、「(時間というのは不可逆で)戻ったのは真琴だけなの」になっていました。ややニュアンスが違うかも知れません。
・最初の自発的タイムリープのときに出てくるテレビの音声で「7月12日火曜日」という表現は、背景などに記されているカレンダーとは明らかにずれるのですが(『WWF No.34』での鈴谷了さんの指摘による)、ここは「火曜日」のまま訳しています。
・カラオケの場面「帰りまー、せん!!」は最初から「延長してください」という字幕が出ます。まあこれは中国語では否定のことばを先に持ってこざるを得ないですから、しようがないでしょう。
・「アテスウェイね、奮発したじゃない」の「アテスウェイ」(倉野瀬高校のモデルの一つ東京女子大近くにあるケーキ屋さん。「協力」にクレジットされている)は「おいしそうなケーキね」になっていました。なお、「倉野瀬高校」が「倉野高校(倉野高中)」になっている場面があります。
・盛子と析美の会話で「あたって砕けろだよ」、「砕けてどうする」の「砕けてどうする」は「でももし失敗したら?」になっています。これは「あたって砕けろ」という日本語の表現を前提にしていますから、ニュアンスは違っても適切な訳でしょう。
・析美の「やられましたね」は「騙された」とより直截な表現になってます。
・誤訳ではありませんが、「ボランティア部」が「義工社団」になっています。「わたしたち義工社団の者ですけど」の場面は、なんか真琴がすごい団体に圧力をかけられているように感じます。台湾の人にとってはぜんぜん違和感がないのでしょうけれど。なお、台湾でコンビニを「便利商店」と呼ぶことは、美雪と真琴の会話「どこ行くの」、「コンビニ」ではじめて知りました。
・千昭の「川が地面を流れているのをはじめて見た」というセリフは「地面を」を抜いて訳していました。
・真琴が「二度めの最後のタイムリープ」に駆け出す場面の父親のセリフ「早まるな」が「そんなに速く走るんじゃない」になっていました。
・千昭の「飛び出してけがとかするなよ」というセリフは「タイムリープするときには前方に注意しろ」になっていました。もとのセリフの意味はそういうことではないでしょうが、タイムリープするたびに真琴が転がっていることを踏まえた訳でしょう。
・果穂たちを「野球」に誘ったときの真琴のセリフ「ナイス返球」は単に「よい球だね」になっていました。
といったところでしょうか。でも、これだけ詳細に挙げられるということは、これ以外がおおむね適切な訳だったということで、訳のレベルの高さがわかると思います。なお、私の中国語力はそんなに高くありませんので、もしかすると誤解しているところがあるかも知れません。
台湾人のお客さんは、日本の観客に較べてよく笑うという印象です。功介が野球の応援歌を口ずさんでバットを構えているとバスケットボールが飛んでくる場面からまず大きい笑いが起こり、和子の「タイムリープ」の説明で「日曜日に朝寝坊して、気がついたら夜」(この種のタイムリープは清瀬もよくやります。しかも制限回数がないようなのでやっかいです)というところでも笑いが起こっていました。人によっては、シリアスな場面でも、真琴の顔が崩されるたびに笑っていました。
客層は「本来のお客様」である高校生ぐらいの比率が日本よりも高く、観客の平均年齢は日本よりも低かったように思います。ただ、これは、日本のばあい、高校生のころに大林版を見た人が細田版を見に劇場に足を運ぶということがあるので、単純に比較できないところがあります。
でも、台湾の映画館は、エンディングが始まると同時に劇場の明かりがついて、掃除が始まってしまいます。だから、「ガーネット」で作品の余韻に浸ることはできませんでした。