猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

適切な「不正確なモデル」の必要

 でも、正四面体の話とか、図があるとないとでぜんぜん説明のしやすさが違うと感じました(ここでは図を使わなかったわけですが)。理科ではやっぱり「図で示す」ということが重要なのではないか。図で、理科的現象についての理解が変わってくるように思いました。
 もちろん図にすることには危険もある。たとえば、太陽のまわりを惑星が回っているようなイメージで、大きい原子核のまわりを小さい電子が円の軌道で回っているような図を描くと、これは実際とはぜんぜん違うわけです。原子の大きさに較べて原子核は非常に小さいから、電子の回っているところまで描いて原子核の「大きさ」が描けるはずがない。それに、電子はきれいな円軌道を描いて回っているわけではない。それどころか、電子は、「粒」として惑星のようにきっちりと位置を確定できる存在ではありません。えーと、何だっけ? 位置と運動量を同時に確定できず、電子の状態は確率を用いてしか表現できない? うむ。よくわからない。
 また、平面で描いてしまうと、「極性」の話で出てきた、原子のまわりの電子の立体的な位置取りも説明しにくくなってしまいます。
 でも、じゃあ、「不正確だから」といって電子が原子核のまわりを回っている図を描くのをやめれば「原子は原子核のまわりを電子が回るという構造になっている」ということが理解しやすくなるかというと、たぶん、ならない。
 いったん「わかりやすい図」で説明して、それから理解が進んだあとで「じつはこの図はこういうところが違うんだよ」と説明していく。その積み重ねが重要なのではないかと思います。
 これは何についてもそうだと思う。基礎のところで、適切な「不正確なモデル」」を示し、それを適切な段階ごとに修正していくということが必要だと思います。この思いつきについては、また機会があれば取り上げましょう。