猫も歩けば...

― はてなダイアリーより引っ越してきました ―

「神様」と「コモンウェルス」

 ともかく、事実として、中世の西ヨーロッパの政治は、支配者は神様からその地位を与えられているというたてまえによって運営されることになりました。それは、カトリック教会の聖職者が皇帝や王に冠を授ける(戴冠させる)ことによって行われた。たてまえとしては、「神様が地上の支配者に権威と権力を授ける」ことになっていて、だから、神様から与えられた支配者の権威と権力は絶対的なものだということになる。しかし、実際には、カトリック教会の権力と皇帝や王の支配権が強く結びついていたわけです。
 プロテスタントとして、ロックが対決しなければならなかったのが、このカトリック教会の権力と王の支配権の強い結びつきです――というわけで、ようやく話がロック(ジョン・ロック)に戻ってきました。
 ロックはプロテスタントですから、神様の存在を疑うことはできない。一方で、また、プロテスタントとして、カトリック教会と結びついた支配権力は「まちがった権力」だとするのがロックの立場です。しかも、イギリスの政争のなかで、カトリック教会に支持され、絶対王制を主張する人びとに対して、ロックは厳しい対決を行わなければならなかった。その厳しい対決の書として書かれたのが『統治二論』です。
 そうすると、その「神様から与えられた特別の権威による(と称する)支配」がまちがっていると主張する(これは主として『統治二論』の「第一論」の課題)以上、少なくとも二つの問題を解決しなければならないことになります。それは:
 (1) では、どういう支配が「正しい」支配なのか?
 (2) その「正しい支配」は、神様によってどう正当化されているのか?
の二つの問題です。
 このうち、(1)についての答えは、「コモンウェルス(=平等な人びとが公共のものとして支配する国家)」であり、「政治(=平等な人びとから成り立つ都市の運営のような支配)」である。前に書いたとおり、ロックが「政治」と呼ぶのは、平等な人びとから成り立つ国家の支配に限られます。それは、古典時代のギリシア共和制ローマの「都市的な国家」や「都市連合体としての国家」などをモデルにした支配です。そうではない支配は「支配」や「統治」ではあっても「政治」ではないとロックは考えています。
 しかし、ロックは、古典時代ギリシア共和制ローマの「都市」の「政治」に立ち戻ればよいという単純な解決策を主張することはできません。古典時代ギリシア共和制ローマの「政治」論には、キリスト教の神様の存在が入っていないからです。
 プロテスタントの信仰者としてのロックにとって、それでは困る。その「政治」の理論にカトリック教会が入ってくることは絶対に避けなければならないけれど、それだけに「政治」と神様の関係はきちんと説明する必要がある。
 ロックのいう「政治」と神様とを結びつけることが、『統治二論』の「第二論」、通称「市民政府論」の目的なのです。
 ……何かだいぶ回り道したような気がしますよ?
 で。まだ続きます。